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鉄観音の発祥地

 先月の5月11日に武夷山岩茶の茶摘から毛茶の製造までを見学してきましたが、
 3日後の5月14日には鉄観音の仕入先の林慶平氏へ訪れ、鉄漢音の由来等について、
 話が聞けたので、その時の写真を交えご紹介いたします。

 林慶平氏を尋ねるのは3回目で、今回は鉄観音の由来について、見て回ることにしました。
 茶葉の製造は岩茶と同様、既に終了しており、私が注文した茶葉は後1週間後ぐらいで、
 出荷できるといっていました。安渓烏龍茶は一度に全て注文するため重くなるので船便にしています。
 漸く、先週届きました。

 鉄観音の由来である王説と魏説の場所へ林慶平氏に案内して貰うことにしましたが、安渓はずっと雨続きで、
 道が滑るため、魏説の場所へは今回は無理だと言われ、王説の場所だけにしました。

 林慶平氏の話では

 王説は史実で魏説は言伝えで、王説の方が確かなのですが、王家と魏家は争うようになり、政府は両家ともに
 説を認めることにしたので、現在はどちらの説も正しいとされているようです。

 また、鉄観音の名の由来は王説によると、「南岩山を散策中、突然太陽が照らす場所に茶木を見つけ、その茶葉を
 煎じて飲むと胃腸の具合が良くなった。茶葉は鉄のように重く、太陽が照らす光は観音のようだった。」

 と丁寧に説明してくれました。
 鉄のように重くの表現は不思議に感じますが、当時の茶葉は武夷岩茶が主流であることを考慮すると頷けます。

 王説と魏説ともに、鉄漢音の母の木は海抜1002mの南岩山にあり、林慶平氏の場所から目と鼻の先にありました。



01【安渓商人マガジン】
茶室を訪ねると雑誌が2冊あり、安渓商人の表紙に霧山兄弟の文字があります。霧山兄弟とは林慶平氏の4兄弟のことです。
武夷山岩茶の製造工程

02【林4人兄弟】
左から長男の林慶平氏で安渓烏龍茶の茶師。次男は営業担当で三男と四男は岩茶を営む。四男は面識があり大紅袍を飲んだことがあるが、渋みがややあり値段も高い。
武夷山岩茶の製造工程

03【トレードマークの奇苑】
奇苑は林氏のトレードマークでこの写真から、かなりの年代を感じる。
武夷山岩茶の製造工程

04【十一代続くお茶の名家】
史料から安渓人の林氏は1795年に武夷岩茶工場の雇主になり、今のアモイ等に出荷したとある。また、「林奇苑茶店」を設立。1800年代中頃には東南アジアへも茶葉を出荷し基盤を作ったとある。
武夷山岩茶の製造工程

05【林慶平氏の霧山茶業会社】
5年前に当ても無く運転手に指示して通りがかった会社。辺りは何も無いところなので、目に付きます。通り過ぎてバックして入ったことを今でも忘れません。
武夷山岩茶の製造工程

06【王説の場所】
林慶平氏の会社の門から見て、左手前方に見えるのが王説の場所です。肉眼でも白い門が見えます。
武夷山岩茶の製造工程

07【魏説の場所】
林慶平氏の会社の門から見て、右手前方に見えるのが魏説の場所です。ここからではよく分かりません。
武夷山岩茶の製造工程

08【王説の場所】
南陽と書いてあります。
武夷山岩茶の製造工程

09【樹齢300年の鉄観音母木】
樹齢300年以上の鉄観音母木、海抜確か816m?です。茶木の高さは大紅袍と同じくらいで1.2m位です。
武夷山岩茶の製造工程

10【見下ろす景色】
生憎の天気ですが、写真の方が実際よりも綺麗に撮れています。下方には川と道が見えます。
武夷山岩茶の製造工程



林慶平茶師が作った安渓烏龍茶。クリックすると商品ページへ飛びます。

【鉄観音濃香】
【鉄観音清香】
【本山】
【黄金桂】


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